STAP論文の報道のされ方と女性研究者の生きづらさ
STAP法のNature論文(2連報)が、iPS細胞を凌駕するインパクトと報じられて盛り上がり、ようやく少し落ち着きました。
Acid bath offers easy path to stem cells : Nature News & Comment
今回のは言うまでもなく重要な研究成果で、それは良いのですが、日本のマスコミ報道の品のなさは、研究者仲間には不評です。若い女性研究者ってことで、研究内容よりも人物への興味を煽る報道が多くて、研究とは何の関係もない割烹着とか、カメとか…そんなのどーでもいーんじゃないか?ということ。
そして昨日ついに、報道への対応に困って「これじゃ研究できません」状態になりました。
同僚の女性研究者の反応は
「ああいう報道はまさに女性差別だってことが分からないのかなあ?男性研究者だったらこんな報道しないくせにね」
みたいな感じでした。
女性研究者には、この同僚のように性別を問題にすることがナンセンスと主張する人たちがいる一方で、女性研究者が活躍できるように社会の仕組みを改善したい、と思ったり、そのために活動している人たちもいます。フラットに構えたいという人もいれば、女性をもっと押し出していかないと平等は勝ち取れないと考える人など、いろんな考えを持った人がいます。
リケジョ、なんて言葉で流行りを作って女性研究者を増やそうという向きもありますね。リケジョは「差別用語」とまで言われ始めているので論外としても、その他の割と真面目なプロモーション活動についても賛否両論です。まあ、男女問わず、やりたい人がやればいいじゃない?
今回のマスコミ報道に限らず、日本の女性研究者は無用の雑音に苛まれるのが現状です(まあどの業界でも同じか)。マスコミだけでなく、お役所や政治家たち(シニアのエライ人)の感覚もやはりどこかずれていて、アベノミクスの「女性が輝く日本」みたいなキャッチフレーズも男性の上から目線を地で行っていて、もはや脱力するしかないという感じ。
女性研究者にとって生きづらい、今の日本の状況は、社会の仕組みがどうこうというより、一人ひとりの感覚、常識が変わらないかぎり解消しないんじゃないかと思うなあ。